その時、大きな村の一番に大きな家に一人の子供の産声が響いた。妊娠難に悩まされていた夫妻に念願の赤子が生まれたのだと、その村にいたすべての人が理解し祝福した。
「 」
母が産後で疲れたように、だけど幸せそうに呟いたのはその子供の名前だった。
どうしてか生まれ落ちた日から、自分は何かを認識する知能があった。それだけではなくそれがなにかを判断する知識があった。
最初は視界がボヤけピントが合わないことに戸惑った。両親の姿らしきものの判別はつくことに安心感を持つとともに、自分の思考が可笑しいことを理解していた。だが両親があまりにも幸せそうに笑いかけるので、その時から自分は思考を止めた。
目が見え始め、一人で動くことができるようになるのも異常な速さだった。両親もその成長の異常さに気づいていただろうが、それでも自分が成長するたびに手を叩いて喜んでくれた。だから自分も両親に笑いかけた。そうするだけで両親は喜んでくれた。
幸せに顔があるのならばそれは両親の顔をしていると思った。
一人で歩くことができるようになった頃の真夜中のことだった。突然両親に起こされ父親に抱え込まれた。
突然のことで驚きながらもどうしたのかと両親に聞くが、今はそれどころでないという様子で自分を抱えながら家を出る。
それは、赤だった。
町は全て真っ赤に染まっていた。高く燃え上がる火、どこから流れているのかわからない血痕。
自分は理解した。これは自分の罪なのだと。自分が両親から幸せを享受して、なにもせずにいたから彼等は壊されてしまった。自分は奇妙な力があった。だが自分はそれを伝えて幸福が壊れるのが嫌だった。
両親は”守るべき自分の子供”を強く抱いて遠くに逃げようと走っている。
ズッ
斜め後から嫌な音がした。それと同時にその場にいた母が倒れる。
父は気づくことなく走り続ける。父を叩きそれを伝えようとした。
その時、もうすぐに父を狙うナニカに気づいた。
「父さん!避けて!!」
自分は自分が言葉を喋ることができない存在だと理解しながも、そんな言葉をかけていた。
父は理解するよりも先に体を動かした。父を狙う軌道はそのままに左胸があった場所を貫いた。
父は避けきれずに右胸を大きく負傷した。貫通はしてないものの致命傷を負い自分を守るようにその場に倒れる。
「逃げ…ろ…」
父の背に手を回すと大量の血が流れており手から伝うように腕に血が流れてきた。
父の声は掠れて聞き取りにくかった。
父を庇うように起き上がるとそこには、大きな生物がいた。
自分は生まれ落ちてから初めて困惑した。その生物は自分の”知識”とはかけ離れた存在だった。
両親を助けたいが一心で”知識”にない奇妙な能力を使う。
手をかざした所から出てきたのは尖った氷のような大きなナニカにだった。それは、その生物の脳天や心臓、腹部など致命傷になる全ての場所に貫通した。
その生物が倒れると倒れた体を貼り付けるように何本もの氷が突き刺さる。
その生物は息絶えていた。
両親も、もう息をしてなかった。
その後、自分は両親の亡骸を町に運んだ。焼けて原型を留めてない町の人たち、全員を開けた場所に並べ、両親も並べておく。
自分は全員分の墓を掘った。
あの能力を使えば終わるのだが、ただ無心に一つ一つ掘っていった。生まれて数年も経っていないこの体で、ただひたすらに穴を掘った。
何日か日が昇り落ちるなか、睡眠や食事を取らずに掘り続けるとすべての墓が完成したようだった。
流石に体の限界が来たのかその場で倒れていた。
その後も起き上がることはできず、目を瞑ろうとした。
そのとき、人影が顔に掛かった。
とても慌てた様子の老人は、その挙動とは裏腹に優しく自分を抱き上げていた。
その老人は父の親戚だった。この町には住んでいないものの、少し離れた森の奥で研究職をしているらしい。
元々感情の機微が薄かった子供は、両親が死んでからは取り繕う必要もなくなり、より無表情で人間味がなくなっていた。
言われたとことは完璧にこなし、泣くことも我儘を言うでもない。齢1歳の子供とは考えられない子供は生きているとは言えなかった。
そんな子供に老人は朝から晩まで関わろうとしていた。
朝の挨拶から何気ない会話、研究内容についてのぼやきや世界情勢についてなど、おおよそ1才児と会話するのに不適切な内容だが、子供の雰囲気がそれらを理解していることを表していた。
子供はふとした瞬間に黙ったまま冷や汗をかいて震えていたり、寝ているときに無意識に口に手を当て声のない声で泣き叫ぶような様子が見られた。
老人は気づいていたが子供は見られていることを悟ると瞬きの合間にいつもの無表情に戻っていた。
2人の世界は一見してみればずっと穏やかに流れてた。